モラルハラスメントについて
モラハラとは
「モラルハラスメント」、略して「モラハラ」とは、言葉や態度で繰り返し相手を傷つける精神的な暴力のことです。
最近では、「モラハラ」という言葉が一般に認知されるようになったので、当事務所でも、モラハラが原因で離婚のご相談に来られる方が非常に多くなってきています。
しかし、モラハラには、加害者だけでなく、周りの人間や被害者自身も、モラハラであることを認識しにくいという厄介な特徴があります。
実際にはモラハラの被害を受けているにもかかわらず、誰にも相談できずに悩んでいる方は、まだまだ多くいらっしゃるのではないでしょうか。
家族という閉じられた関係の中で、誰も気づかない間に被害者が増えていくと、そのような家庭環境で育った子供たちの心理面にも甚大な影響を及ぼしてしまいます。そして、被害が次世代に引き継がれてしまうという恐ろしい負の連鎖が始まってしまうのです。
モラハラの被害から抜け出し、心から笑える生活を取り戻すためにも、離婚という形で相手との関係を清算することは非常に重要です。
本記事では、モラハラ気質のある配偶者との離婚を検討する上で注意すべきポイントについて解説していきます。
なお、本来、モラハラというのは妻側が被害者となる場合に限られるものではありませんが、本記事では、説明の便宜上、主に妻側が被害者となる場合を例に用いることとします。
1.モラハラ被害を認識する
(1)モラハラの特徴を押さえる
自分がモラハラの被害者であることを認識することは簡単なことではありません。
まずは、モラハラの以下の主な特徴を押さえることが出発点になります。
①相手の人格を否定する暴言
何かにつけて、相手を馬鹿にし、貶めようとする。
「こんなことも分からないのか?」「これだからお前はダメな人間なんだ」
②不機嫌を態度で示す
・気に入らないことがあると、数日でも、数週間でも無視をする。
・ため息や舌打ち、食事に手を付けない、わざと大きな音を立ててドアを閉める等、証拠に残りにくい方法で相手に心理的なプレッシャーを与える。
③間違いや失敗を執拗に指摘・説教する
・家事の不出来を次々と指摘し「一体毎日何をしているのか」と皮肉、嫌味を言う。
・相手の間違いや物忘れを強く責め、延々と説教する。
・何かやれば「なぜやったんだ」と怒り、やらなければ「なぜやらないんだ」と怒る。
④責任転嫁傾向、自分に甘く人に厳しい
・自分の過ちを認めず、平気で嘘をつく。
・何でも相手のせいにする。
「俺がそうするようにしたお前が悪い」
「お前のせいで、こうなった」
「お前なんかと結婚したから、おれは不幸だ」
「お前のためを思って言っているんだ」
⑤束縛の強さ
・相手の行動やスケジュールを監視する。
・相手の実家や友人の悪口を言う。
・相手が実家や友人と接触するのを嫌がる。
⑥経済面での優位性誇示、締め付け
・「誰のお陰で生活できるんだ」といった発言
・生活費を入れない、渡さない
・自分の買い物には甘いが、相手の買い物には、厳しく目を光らせる
⑦二面性
・外面的にはいい夫、いい父親、仕事ができる人間であることも多い
・相手に対してもすごく優しい時がある
これらの特徴は、程度の差こそあれ、誰にでも少しはあるものですし、夫婦喧嘩の中で、思わず暴言が出てしまうといったことはよくあると思います。
しかし、一時の感情で出てしまった攻撃性とモラハラとでは、質的に決定的な違いがあります。
それは、モラハラの場合、夫婦関係が対等なものでなく、継続的な上下関係・支配関係が存在しているという点です。
相手の帰宅や一挙手一投足に怯えている、家庭で心から笑えない、常に抱える違和感、そういった感情を素直に認めることが、被害を認識する第一歩となります。
(2)理解ある第三者への相談
上記のとおり、モラハラ被害者は、味方になってくれるはずの家族や友人らとの接触を遮断されていることが多いです。
そのため、夫以外の人に相談することができず、「自分を傷つける人間からは離れるべき」という当たり前の判断ができない状況に追い込まれてしまいます。
また、モラハラをする人は外面が良く、モラハラ自体も家庭内で行われ、外傷等も残りません。
誰かに相談したとしても、「どの夫婦にもある性格の不一致ではないか」等、見当はずれの助言をされたり、逆に説得されたりしてしまうと、被害を認識できないどころか、さらに傷が深くなってしまいます。
残念ながら、弁護士や調停委員などの司法関係者でも、モラハラに対する理解がない人は一定数存在します。必ず、モラハラに詳しい専門家や、自分の絶対的な味方に相談するようにしてください。
(3)子供へ与える影響の深刻さを理解する
モラハラを認識することは、あなただけのためではありません。
生育過程でモラハラが行われていると、子どもにとっては「モラハラが当たり前」になります。人を無視したり、暴言を吐いたりすることに抵抗感がなくなり、無意識に他人を見下げた言動や行動をすることがあります。
モラハラのある家庭では、子供も不安定な精神状態に陥ります。被害者の親が子供にあたってしまうこともあります。
その結果、子供にも「適応障害」「うつ」といった弊害が現れることがあります。
日常的に父が母をけなす状況では、子どもも母親を尊敬できなくなります。そうすると、将来自分の配偶者にモラハラ行為をしてしまったり、将来自分の配偶者からのモラハラを受け入れてしまったりするリスクも高くなります。
たとえ子ども達が「親のようになりたくない」と望んでいても「正常な家庭における夫婦関係を知らない」と、自然と自分もモラハラ環境を選んでしまう傾向があります。モラハラの連鎖を断ち切るためにも、「子どもをモラハラの影響下に置くべきではない」という意識を持つことはとても大事です。
2.離婚に向けての初動対応
(1)証拠集め
これは、モラハラに限ったことではありませんが、同居中でないとなかなか証拠はとれません。将来の離婚調停や離婚訴訟に備えて、モラハラが原因で夫婦関係が破綻したことの証拠を収集しておくことが大事です。
具体的には、以下のようなものがあれば、証拠になります。
・暴言や暴力などの録音・録画
・物にあたっているような場合は、割れたガラスや壁に空いた穴の写真など
・LINEなどのメッセージ(相手の暴言や誹謗中傷などの発言内容)
・モラハラによって心の傷を負ったことのわかる診断書やカルテ
もっとも、これは「可能であれば」というレベルの話です。
(2)別居
証拠集めが無理そうであれば、別居を優先してください。
モラハラ被害において大事なのは、相手のモラハラを立証することではありません。相手と物理的に距離を置くことで、あなた自身の精神の安定を手に入れることの方が重要です。
実際、モラハラ被害者は、不眠や頭痛、全身倦怠感、動悸や湿疹などの不調を抱える方が多いですが、別居すれば嘘のように不調が治るということも珍しくありません。また、モラハラは、子どもの心にも大きな影を落としていることを忘れてはいけません。
(3)弁護士を窓口にする
そうして別居が完了した段階で、弁護士を窓口にして交渉することをお勧めします。
モラハラ被害者は、相手に対する恐怖心が強く、すでに上下関係がついています。そのため、直接話し合うと、必ず相手のペースになってしまいます。
離婚協議は、相手方に生活費を請求しつつ、離婚を求め、親権や財産分与を獲得するための交渉をしていかなければなりません。上下関係がついている人間を相手に、意見を通せるはずがありません。そこで、相手との接触を完全に断った状況を作ることが重要です。
弁護士が依頼を受けると、相手に対し、すぐに受任通知という手紙を出します。そして、「今後の窓口はすべて弁護士になるので、ご本人に対する直接の連絡・訪問はお控えください」「言いたいことがあればすべて弁護士に言ってください」と伝えます。これによって、相手からあなたに対して直接の連絡や接触は事実上できなくなり、もし接触があったとしても対応する必要はなくなります。
まずは精神の安定を取り戻し、離婚協議については弁護士と相談しながら進め、あなた自身がしなければいけないこと(子供の心のケアや、別居後の仕事の確保等)に集中するようにしてください。
3.離婚へ向けた手続の進め方と注意点
(1)長期戦は覚悟
離婚に向けた手続は、協議→調停→訴訟という順序をたどります。
このうち、協議と調停は、いずれも相手が合意しなければまとまりません。
しかし、一般的にモラハラ夫がすんなりと離婚に応じることはありません。
モラハラ夫は、様々な手段で被害者を自分の支配下に置き続けようとします。
なので、いざ別居や離婚を切り出すと、モラハラ夫は、これまでさんざん「離婚だ」などと言っていたにもかかわらず、一転して、「自分が悪かった。」「反省している。」「もう一度やり直そう。」「もう一回チャンスが欲しい」といった優しい言葉で元に戻るよう迫ってくることがよくあります。この二面性もモラハラの特徴です。そして、そこで元に戻ってしまうと、結局同じことが繰り返されてしまいます。
そして、モラハラ夫は、一旦は態度を改める姿勢を見せたとしても、いざ自分の思い通りにならないとわかると、再び一転して、「自分こそ被害者だ」「お前が一人で子育てしたら子供が不幸になる」「離婚するなら養育費は1円も払わない」などと言い、攻撃に転じてきます。
またモラハラ夫は外面が良く、世間的には有能な人物、高所得の人物であることも多いです。調停委員等には理路整然と自らの正当性を主張したりするので、モラハラ夫と気づかない調停委員から、「もう一度やり直してはどうか?」と逆に説得されてしまうこともあります。
このように、「モラハラ夫との離婚は長期化する可能性がある」という覚悟を持つ必要があります。そこで、まずは婚姻費用分担調停を申し立て、別居中の生活費を確保することが重要になります。そのうえで、焦らずにじっくりと離婚調停を進めていく必要があります。
(2)モラハラを理由に離婚できるか
相手が離婚に応じない場合、最終的には裁判となります。
では、裁判所はモラハラを理由として離婚判決を出してくれるのでしょうか?
モラハラは、民法上の離婚原因のうち、「その他婚姻を継続し難い重大な理由」に該当する可能性があります。実際、裁判例では、日常的な暴言や精神的虐待により、日常的に恐怖を抱いて生活していたことが認定され、それが離婚原因として認められた事例もあります。いかに長期間、ひどいモラハラを受けていたかを立証することができれば、離婚判決を得られるということになります。
ただ、問題なのは「証拠」です。モラハラは目に見えない暴力です。
体に傷はできませんし、無視するといった態度は、証拠に残すことができません。
なので、モラハラは立証が難しく、主張をしても水掛け論になることが多いです。
もっとも、現在の裁判所は、どちらが悪いかにかかわらず、婚姻関係が破綻して回復の見込みがなければ離婚を認めるという方向にシフトしています。
そして、裁判まで行く事例というのは、通常、相当期間別居が継続しています。
そうすると、たとえモラハラの立証が不十分であっても、年単位で別居が継続しているなどの事情があれば、それ自体破綻の表れと認定されることが多いです。
また、モラハラ夫は、離婚調停で妻を非難する主張をしていることも多く、書面でそういった主張が残っていれば、双方とも修復の意思はないということで、離婚を認める判決が出る可能性は十分あります。
したがって、モラハラの証拠が不十分だからといって焦る必要はありません。
一定の時間をかければ、離婚判決を勝ち取ることはできるので、希望を持っていただければと思います。
(3)モラハラを理由に慰謝料を取れるか
身体的暴力の場合、それ自体が不法行為に該当し、その他の要件を満たせば慰謝料が認められます。では、モラハラの場合はどうでしょうか。
モラハラが原因で慰謝料が取れる事例というのはあまりありませんが、悪質な場合は慰謝料が認められたケースもあります。なので、時間をかけてもよく、慰謝料をどうしても取りたい、そして証拠が十分にある、そういったケースであれば、慰謝料を請求していくことも可能です。
もっとも、慰謝料というのは、なかなか何百万という高額にはなりにくく、数十万だったり百万円台だったりすることの方が多いです。また、慰謝料を請求することによって、まずます相手が離婚に応じなくなる、攻撃が激しくなる等の副作用もあります。
モラハラ被害者は、とにかく早くモラハラ夫と縁を切って、人生を再出発したほうが良いことが多いです。慰謝料を請求するかどうかは、弁護士と相談して慎重に検討をすることをお勧めします。
4.離婚協議中に想定される攻撃の内容と対処方法
モラハラ夫と離婚を進めていく場合、様々な攻撃や嫌がらせが予想されます。
これらを事前に予測して、対処法と折れない心を手に入れることが重要です。
(1)調停や裁判の長期化
妻からすれば、モラハラ夫と戦うのはとても怖いことです。
・離婚に応じない
・親権を譲らない
・婚姻費用が審判で決まっても不服申立てをしてくる
こういった状況になると、妻の側もだんだん精神的に疲弊してきます。そうすると、根負けしてしまって、仮に離婚できたとしても大幅に譲歩してしまうことになりかねません。そうなれば相手の思うつぼです。心が折れてしまったら、戦えません。
たとえモラハラ夫が相手であっても、「譲れないものは譲れない」「絶対に負けない」そういった強い覚悟を持ち、長期化しても戦う覚悟をもつ必要があります。
(2)代理人弁護士の悪口
モラハラ夫にとっては、妻の代理人弁護士は邪魔な存在です。これまで自分の思い通りに支配していた妻が表に出てこず、思い通りにならない弁護士が出てくるのですから、これは当然ともいえます。
そうすると、妻に対して代理人弁護士の悪口を吹き込んで、弁護士との関係を悪化させようとするケースがあります。
例えば、「自分は心から反省してやり直そうと努力している。弁護士が離婚させたがっているだけだ。弁護士は離婚させないと報酬を得られない。弁護士の口車に惑わされるな」といった発言がモラハラ夫からよく出てきます。
しかし、モラハラ夫が関係修復を申し出てくるのは、再び支配関係に戻すための口実でしかありません。モラハラに苦しむ生活から脱却すると決めたのであれば、モラハラ夫の甘い誘惑に惑わされないことが大切です。
(3)生活費を支払わない
これに関しては、家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立てましょう。
たとえ調停の中で合意できなかったとしても、裁判官が審判で決めてくれますし、不服申し立てをされても高等裁判所では結論が出ます。
モラハラ夫は、お金に細かいので、婚姻費用の支払を何とか減らそうと「生活が苦しい」「収入が下がった」など様々な主張をしてきます。これに理路整然と反論し、高等裁判所にもつれ込んでも戦い続けることが大切です。
ここで婚費をきちんと確保できることは、モラハラ夫に経済的なプレッシャーを与えます。「もう夫婦の実態がなくなっている妻のために婚姻費用を払うのはばからしい、それなら離婚に応じて少しでも支払いを減らそう」と考える人も少なくありません。
適正な婚姻費用を確保することが、離婚への近道となります。
(4)家族・親族・職場等への嫌がらせ
モラハラ夫は、実家や親戚、職場に妻の悪口を言ったり、実家に押しかけてきたり、嫌がらせのように電話をかけてくることもあります。
これについては、そういったことがありうることを事前に関係各所に伝え、取り合わないよう周知しておき、困ったら警察を呼ぶことが大切です。モラハラ夫は外面を気にしますので、警察の介入は嫌います。先手を打っておけば恐れることはありません。
(5)面会交流を口実にした干渉
別居に至っている場合、子供と離れている方の親は、子供と面会する権利があります。これは、子供のためにもとても大切なことです。
しかし、モラハラ夫の中には、面会交流の権利を盾にして、面会交流のやり取りなどを利用して妻に暴言や嫌味等の嫌がらせをしたり、子供に妻の悪口を吹き込んだりする人もいます。その場合、面会交流の際の細かいことにいちいち難癖をつけ、その全てを相手のせいにする、そして子供が板挟みになる、といった形でモラハラが続いてしまいます。
こういった場合は、彼の真の目的が、
・本当に子供のことを考えた面会交流なのか
・面会交流にかこつけて嫌がらせをしたいだけなのか
という点を見抜いて対処する必要があります。
外面のよいモラハラ夫は裁判所にも紳士的な態度で接します。すると、裁判所もモラハラ夫の本質が見抜けないことはあり、面会交流に応じない妻側が悪いような雰囲気になってしまうこともあります。
面会交流自体は大切な権利です。しかし、モラハラに利用されてしまうのは本末転倒です。交流自体を拒むことは難しい場合が多いですが、対処法はあります。
例えば、
・面会交流時の嫌がらせを証拠化し、面会交流時のモラハラが子供に悪影響を及ぼすことを主張する
・できるだけやり取りをせずに済むように詳細まで取り決めておく
など、細かな工夫が必要になってきます。
したがって、モラハラ夫から面会交流を求められたような場合は、モラハラに詳しい弁護士に相談することを強くお勧めします。