定年退職を機に離婚を進めるべきか

1 熟年離婚をめぐる夫と妻の意識の違い

熟年離婚とは一般的に20年以上連れ添ってきた夫婦が離婚することをいいます。

熟年離婚には、子どもが大きくなったタイミングで決意する場合や、夫が定年退職するタイミングで決意するパターンなどがありまが、特に後者については「定年離婚」という言葉で呼ばれたりすることもあります。これは熟年離婚のひとつで、夫の定年を機に妻から別れを切り出すというのが、よくあるケースです。

この場合、定年離婚を切り出される側(特に男性側)は、突然離婚を切り出されて狼狽する、ということがよくあります。長年の結婚生活でお互いの存在が当たり前になっており、「まさか今さら離婚を言われるなどと思ってもみなかった」という意識になることも少なくありません。

他方、離婚を切り出す側(多くの場合は妻側)にとっては、離婚すること自体を決意したのは何年も前の話で、冷静に計画を立てている、ということが少なくありません。

表面的には一見同じ生活が続いているように見えても、両者はこのようにかなり前の段階から異なる意識を持っており、それがある日突然、「別居」「離婚」という形になって表れる、というわけです。

 

2 熟年離婚はなぜ増えているのか

 ⑴ 熟年離婚の増加傾向

定年離婚も含め、20年以上の結婚生活を経て離婚する熟年離婚の件数は、年々増加傾向にあります

厚生労働省が発表しているデータによれば、離婚全体に占める熟年離婚の割合は、昭和60年(1985年)には12.3%でしたが、平成17年(2005年)には15.4%となり、令和3年には21.1%になっています。

明らかに、近年において熟年離婚の割合は増加している、と言えるでしょう。

 ⑵ 熟年離婚が増えている背景事情

このように定年離婚が一気に増加した原因は複数考えられます。

第1が、高齢化です。老後が長くなり、夫婦で暮らす時間が長くなることが予想されるようになりました。子育てに追われている時代は、不満があっても、「子供のために」と思って耐えて来た人も多いでしょう。しかし、子供が巣立った後、「今の配偶者と老後ずっと2人で暮らすのか」と思うと、明るい未来を見いだせない、と思った時、「残りの人生は我慢するのではなく自由に生きたい」という意識が高くなるのは当然です。長年自分を虐げてきた配偶者の介護などまっぴらだ、という人もいるでしょう。

第2に、女性の経済的自立です。女性の社会進出により、中高年になっても手に職を持つ方が増え、離婚しても経済的に何とかやっていけるという見込みが立ちやすくなってきたことは、女性側から熟年離婚を切り出す要因になっていると言えます。

第3に、2007年4月に導入された「年金分割制度」の存在です。

この制度ができるまでは、厚生年金に加入している会社員の夫と専業主婦の妻が離婚した場合、妻は厚生年金を受け取ることができませんでした。

しかし、年金分割制度の導入により、妻も厚生年金を受給できる権利が得られるようになりました。年金分割を行うと、原則として婚姻期間中に夫が納めた厚生年金の実績(記録)の最大2分の1について「自分自身が納めた」と扱われ、年金記録自体が書き換えられるため、夫の受給の有無等に影響を受けることなく、離婚後に自分が年金受給年齢に達したら厚生年金を受け取ることが可能になります。そうなれれば、離婚しても老後の生活には困らない、という見通しを立てることができます。

こういった点が、これまでなら「本当は離婚したいけど、経済的な理由から離婚しない」と考えていた方(主に妻側)が、自由な未来を求めて離婚を決意する要因になっていると思われます。

⑶ 熟年離婚・定年離婚に踏み切る理由

熟年離婚の動機は次のようなものであることが多いです。

・定年後1日中一緒にいることで、頻繁に「合わない」と感じる(在職時は接触頻度が少ないため我慢できていた)

・定年後は配偶者が1日中家にいると思うと(あるいは定年後はそうなるだろうと思うと)苦痛

・子供や家のことを自分に任せて長年不倫をしてきたのが許せない

・ずっと前からDVやモラハラを受けており、ずっと我慢してきた

・(特に男性で)家庭で長年ひどい扱いを受け、ATM扱いされてきた

このように、熟年離婚の原因は、「以前からずっと溜まっていた不満」にあることが多く、定年を機にそういった不満の積み重ねと決別し、心機一転新たな生活を始めようというのが動機になっているところが大きなポイントです。

定年退職によって夫婦の生活は一変します。特に配偶者がDV・モラハラ気質であれば、24時間気を休めることはできないでしょう。四六時中一緒にいると精神的に持たないので、定年退職を機に離婚を考えるということになっていくのです。

では、定年退職を機に離婚を進めるべきなのでしょうか。

 

3 定年退職時の離婚は良いタイミングなのか

 ⑴ メリット

① 財産は定年退職時に最も多くなる

実際、定年退職を機に離婚することは、一般的に財産分与を受ける側(多くのケースでは女性側)にとっては好タイミングともいえます。

なぜなら、一般に、定年退職時というのは、退職金の支給等も相まって夫婦の財産が最も多い時点といえるからです。熟年離婚の場合、定年退職時ですでに婚姻期間が20~30年に及んでいることが多いでしょう。婚姻期間が長くなれば長くなるほど、清算すべき財産が多くなりますし、膨大になってきます。

また、自宅については定年退職時点ですでに住宅ローンが完済している、もしくは残りわずかであることが多いため、どちらが残ローンを負担するかという点は問題となることが少ないです。

生活費等で消費されてしまう前に離婚協議を行い、財産分与を得ることで、離婚後の生活がより豊かで過ごしやすいものになると思われます。

 

② 子供のことが問題にならない

子供が未成年の間は、離婚となれば、子供の問題は避けて通れません。

すなわち、①親権、②養育費、③面会交流です。

これらはいずれも大きな争点となることが多く、また夫婦の感情的対立に発展しやすい問題です。また、子供が小さいうちは、教育費もかかるため、経済面を考えて離婚を躊躇してしまう方、両親の離婚による精神的負担を子供にかけたくないという思いから離婚を躊躇する方も多数おられます。

しかし、定年退職する頃にはお子様がすでに成人し、社会人として独立していることが多いです。そのため、教育費はあまり問題にならず、自分の老後の生活が大きな関心事になります。また、子供も成人していれば、両親が離婚したからと言って大きな精神的ダメージを受けることは少ないと言えます。また、子供が成人していれば、親権も面会交流も問題になりません。

このように、(定年退職時に限りませんが)熟年離婚では、子供に関するデリケートな問題を回避して離婚を進めることができるため、離婚を進めるのには良いタイミングということが言えるでしょう。

 

③ 年金分割が最もお得

年金分割とは、婚姻期間中に相手方の厚生年金(又はかつての共済年金)の加入期間がある場合に、婚姻期間中の保険料納付記録を最大0.5:0.5で分割することにより、将来受け取る年金額が上乗せされるという制度です。年金分割は、婚姻期間中に支払った厚生年金保険料が対象です。

したがって、例えば、婚姻期間5年で離婚するよりも、20年で離婚したほうが、それだけたくさん厚生年金保険料を支払っているわけですから、分割を受ける効果は大きい(将来もらえる厚生年金が多くなる)と言えます。他方、定年退職すれば収入がなくなる(または大きく下がる)ことになりますから、年金分割の対象となる厚生年金保険料の支払いもなくなる(あるいは少額になる)ことになります。

したがって、年金分割を考えたとき、定年退職時に年金分割するのが最も得だと言えるでしょう。

 

 もっとも、定年退職時の離婚にはデメリットもあります。

 デメリットも踏まえたうえで離婚を進めるタイミングを考える必要があります。

 ⑵ デメリット

① 離婚には長期の別居期間が必要

離婚は、まず協議・次に調停・裁判という順で手続が進みます。

相手が離婚に応じてくれれば、協議か調停で離婚できます。

しかし、熟年離婚の場合、離婚を切り出しても相手が容易に応じない、ということはよくあります。応じてくれない場合、最終的には離婚裁判をするしかありません。

離婚裁判では、離婚することを争われた場合、離婚原因があるかどうか、という点がポイントになります。具体的には不貞や長年のDV、といった事実が証拠から立証できるなら、問題ありません。

しかし、そのような証拠がないという場合は、別居期間が長く続いていること自体を、破綻の表れとして主張していくことになります。

では、裁判離婚に必要な別居期間は、どれくらいなのでしょうか。

これは、法律などで明確な決まりはありません。

しかし、若年離婚と異なり、熟年離婚では、それだけ同居期間も長いため、比較的長めの別居期間が要求される傾向にあります。具体的には、離婚裁判の口頭弁論終結時点で5年程度が目安になると考えられます。つまり、定年退職時から離婚に向けて別居を始めたのでは、そこから5年くらいかかる可能性があるということです。

熟年離婚の場合は、財産分与の対象となる財産が多岐にわたることもあり、審理に1年以上かかることもよくありますから、裁判を行いながら別居を続けることで離婚原因が形成されていきますが、このように、離婚自体を争われたら、長期の別居が必要になる(それだけ長期戦の覚悟を持つ必要がある)ということを押さえておく必要があるでしょう。

② 別居中の生活費確保が困難

  熟年離婚において離婚協議を続けるためには、別居中の生活が経済的に成り立つことが大事です。特に収入の低い方(多くは妻側)は、相手方から婚姻費用を支払ってもらえるかどうかが重要です。その理由は以下の2点です。

第1に、長期の別居における生活を確保する必要があるからです。長期間の別居が要求されることが多い熟年離婚では、全く生活費が払われないと、生活がかなり厳しくなってしまいます。

  第2に、相手に任意の離婚に応じてもらいやすくなるからです。婚姻費用は、離婚すれば支払義務がなくなりますから、相手方が「婚姻費用を支払うくらいなら離婚に応じたほうが得だ」という考えになれば、離婚に応じてもらいやすくなります。

 

このように、離婚を求めて別居している場合、収入の低い方の配偶者(多くは妻側)にとって、適正な婚姻費用を取り決めるということは非常に大事です。

しかし、相手方が定年退職してしまうと、収入がなくなるか、大きく下がることがほとんどです。婚姻費用の金額は、その時点での双方の収入額によって決まりますから、定年退職後に婚姻費用を求めても、それほど大きな金額は期待できない、ということになってしまうのです。

もし、相手方が既に定年退職しているという場合、婚姻費用を請求してもそれほど大きな金額はもらえず、その状態で長期の別居を続けなければならない可能性がある、ということは理解しておく必要があるでしょう。

③ 財産分与の争いが複雑化・長期化

熟年離婚の場合、子供に関する争点がない代わりに、財産分与をめぐる争いが複雑化・長期化する傾向にあります。

 熟年離婚では、財産分与の対象となる財産の種類が多いため、整理に非常に時間がかかります。また、「不動産の頭金を親に出してもらった」など、特有財産に関する主張もたくさん出てきます。しかし、熟年離婚の場合、こういった特有財産に関する事情はそもそも何十年も前であるということも多く、通帳などが残っていないため、立証が難しいことも少なくありません。

熟年離婚で特によく問題になるのは不動産と退職金です。

 

第1に、不動産については、熟年離婚では住宅ローンの支払いをかなり終えているケースが多く、オーバーローンになることはそれほどありません。しかし、これを①不動産を売却して分けるのか、②売らずにお金で清算するのか、③不動産の名義変更をするのか、といった具体的な分け方について協議する必要があります。住み慣れた家をもらいたいと思っても、そのためには清算のための現金が必要になりますので、状況によっては必ずしも希望が通るとは限りません。法的にはいくら取り分があるのか、他の項目(預貯金などの金融資産)との関係で調整できるのかどうか、などを探りながら慎重に協議を進めていく必要があるのです。

また、不動産の評価額がいくらなのかは非常に微妙な問題です。さらに、親から援助を受けた際の事情(例えば銀行ではなく親に借りて返済していた、など)によって、法的主張も複雑化していきます。必ず離婚問題に詳しい弁護士の手を借りながら進めることをお勧めします。

 

第2に、退職金についてです。退職金は、すべてが財産分与の対象となるわけではなく、別居時の自主退職を想定した退職金が対象になること、独身時代の期間の割合分は除く必要があることなど、裁判実務上のルールを押さえて主張を行う必要があります。

また、まだ在職中の場合、退職金は手元にないため、支払方法が問題となります。分割払いをどの程度許容するのかの検討に加え、不払いを防ぐため強制執行も考慮した文言で取り決める必要が出てきます。必ず離婚問題に詳しい弁護士の手を借りながら進めるようにしてください。

⑶ 熟年離婚を戦略的に進めるには

このように、定年退職時での離婚には、メリットとデメリットがあり、一概にどうすべきということは言えません。

例えば、長期の別居が必要という状況であれば、収入の低い側(主に妻側)は、夫の退職までまだ少しあるというタイミングで離婚協議を開始することで、比較的高額の婚姻費用をもらいながら協議を進める方が有利に協議を進められるという側面があります。

逆に収入の高い側(主に夫側)であれば、退職後に離婚協議を行った方が、支払う婚姻費用の額をかなり抑えられ、交渉を有利に進めることが可能となります。

もっとも、退職までまだ時間があるというタイミングだと、退職金を含めた財産分与の支払い原資が夫の手元になかったり、住宅ローンが残っていたりしますので、妻側に絶対に有利とは限りません。逆に夫側からすれば、財産分与する財産がそれほどないタイミングで協議を開始することになり、支払額を減らせる可能性も出てきます。

このように、どのタイミングでどのように離婚手続を進めるべきかは、個別の状況によります。離婚は、離婚すること自体よりも、離婚して幸せになることの方が大事です。離婚後の財産分与の額や収入状況、住まいの確保など、様々な観点から離婚後の生活設計が成り立つかをシミュレーションしながら、戦略的に進める必要があります

くれぐれも独断で判断せず、必ず離婚問題に詳しい弁護士に相談し、戦略の立案を受けて進めるようにしてください。

 

4 離婚を迷っている方へ

定年退職は夫婦にとっても大きな分岐点です。

老後を配偶者と毎日一緒に過ごすことに耐えられないと感じるのであれば、離婚が現実的な選択肢となります。人口全体が高齢化している今、子供が巣立った後夫婦2人で過ごす時間とその関係性は今後何十年も続きますし、その状況が劇的に変化する可能性は小さいからです。

離婚を決意するにあたって重要となるのは、離婚後の生活設計と財産分与の額です。

熟年離婚では、財産分与の対象が多岐にわたるだけでなく、退職金の問題をどうするか、自宅不動産の評価をどのような方式で算定するか、によって、結果的には数百万単位での差が生じることもよくあります。また、分割払いの場合は、どのような方法で支払ってもらうかをきちんと取り決めておかないと、取り決めはしたけれども払ってもらえないということにもなりかねません。

戦略的に離婚を進めていくためには、早い段階で離婚問題に詳しい弁護士にご相談することをお勧めします。

大阪和音法律事務所では、熟年離婚の案件を多数取り扱っており、所属弁護士も離婚案件の取り扱いが豊富です。残りの人生を悔いなく過ごすためにも、まずは一度当事務所にご相談ください。

 

(執筆:弁護士田保雄三)

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