相手に弁護士がついた方へ
離婚協議というと、まずは夫婦で話し合うものというイメージがありますよね。
しかし、中には、相手に弁護士がつき、弁護士から通知書が送られてきて、夫婦間で直接の話合いが出来なくなることがあります。
相手に弁護士がついた場合、自分は弁護士を付けなくていいんだろうか、と不安になることも多いと思います。
また、配偶者と直接連絡が一切取れなくなってしまうことから、配偶者と直接話をさせてほしい、本心が聞きたいと思うこともあるでしょう。
しかし、弁護士をつけるという選択をしたのは配偶者自身であり、そのことを自体に文句を言っても始まりません。
むしろ、考えなければいけないのは、相手の弁護士と直接やり取りを行っていくか、こちらも弁護士を立てるか、という点です。
しかし、いきなりそんな選択を迫られてもどうしたらよいかわからない、という方も多いと思います。
弁護士を立てるとなると、当然、弁護士費用がかかります。
その費用を払ってまで弁護士を立てる必要があるだろうか、と思う方もいらっしゃると思います。
「相手にだけ弁護士がついている場合に、自分にとってどのような問題があるのか」という点を理解できていないと、弁護士を立てるかどうかの判断はしづらいと思います。
では、弁護士を立てずに相手の弁護士と直接交渉していく場合、どのような問題や注意点があるのでしょうか。
それは、主に3点にまとめられます。
1 知識と交渉力の差
2 調停委員や裁判官の考えを読み取る力の差
3 精神的・時間的負担
以下、解説していきます。
1 知識と交渉力の差
⑴ 離婚協議における知識と交渉力の差
ほとんどの方にとって、離婚は初めての経験です。
離婚協議・調停・審判・訴訟など、一度も経験したことがない方が大半です。
法的に問題となる事項についての手続の流れ、問題となっている事柄についての裁判実務の扱いはどうなのかなど、わからないことだらけだと思います。
そうすると、今後どうなっていくのか、今の状況が有利なのか不利なのか、相手の主張が正しいのかどうか、反論の余地があることなのか、判断することができません。
他方、相手の弁護士は、法律と交渉のプロとして、あなたの案件だけではなく、数多くの案件についての協議・調停・審判・裁判を扱っています。
したがって、交渉が決裂した時の帰結や裁判になったときの立証の難易度の予測、どちらがどの程度有利な状況なのか、など、あなたには見えていない世界が相手の弁 護士には見えていることになります。
いわば、あなたは霧の中を手探りで進んでいるのに対し、相手方はカメラやGPSで周りの状況やあなたの位置を正確に把握して進んでいる、というようなものです。
弁護士ではないあなたが、プロである弁護士を相手に、対等に交渉するのは不可能といってよいでしょう。
そうなると、相手に弁護士がついた場合、あなたが弁護士を立てなければ、交渉の主導権を相手に握られてしまうことになります。
例えば、離婚協議では、「裁判になったらこうなりますよ」「実務上はそうなっています」などと言われたときに、「そういうものなのか」と思って受け入れてしまったり、何も反論出来ずに相手に主導権を取られてしまいます。
どのような主張をすることが相手に対する反撃になるのかがわからないまま、相手の主張の問題点を適時に指摘することもできず、気づいたときに相手方のペースで交渉が進んでしまうことになるのです。
⑵ 調停・訴訟における知識・交渉力の差
離婚調停や離婚訴訟の段階になれば、このような知識経験の差はさらに決定的となります。
離婚調停では、夫婦関係における様々な出来事の中から、法的問題に必要なポイントを抽出してうまく調停委員に伝えること、裁判所での実務上の取り扱いを踏まえて合意点を見つけていくことが必要です。
しかし、弁護士ではないあなたが、法的に重要なポイントを的確に説明するのは難しいことです。結果、何を話せばよいのかわからず、事実経緯をだらだらと話してしまったり、自分の言いたいことや感情論を展開してしまったりしがちです。
また、調停では、必要に応じて主張書面を提出し、書面での主張を行わなければなりません。しかし、そのような法律文書を作成したことのないあなたが自分で主張書面を作成しようとすると、往々にして、法的に的を得ていない内容の書面が出来上がることが多いです。
そうなると、あなたの主張は調停委員に理解してもらえません。
その結果、調停委員は相手方の弁護士の主張に乗る形であなたを説得しようとするかもしれません。実際、調停委員が法律と交渉のプロである弁護士を説得しようとしても反論されてしまうことが多く、弁護士のついていない当事者を説得する方が容易だという事情もあるでしょう。
離婚訴訟では、民事訴訟法上、すべての主張は訴状・答弁書・準備書面といった法律文書で主張を行う必要があります。適切な書面や証拠を民事訴訟法上のルールに従って提出できないと、裁判所にはあなたの法的主張は一切理解されない(場合によっては主張すらしていないことに)ことになります。
そうすると、相手方の提出した書面のみでどんどん審理が進んでしまいます。気づいたときには手遅れと言うことになりかねません。
このような差は、調停や裁判における和解協議における交渉力に大きく影響します。
なぜなら、交渉力の差というのは、「交渉が決裂した時にどうなるか」を正確に見通す力の差だと言い換えることもできるからです。「法的な帰結や進み方に関する見通しの正確さの差」という点で、あなたと相手方の弁護士との間には大きな差があることは明らかでしょう。
実際、大阪和音法律事務所にご相談に来られる方の中にも、「自分で離婚協議や離婚調停をしているが、うまくいかないので相談したい」という方もたくさんおられます。その場合に、調停などで提出したという書面を拝見すると、弁護士の目から見れば、法的なポイントを外した内容の(しかも大部の)書面であることが多く、これでは理解されづらいだろう、と思うことが大半です。
知識や交渉力といった点で、相手の弁護士と直接協議・調停・訴訟を行っていくことは、かなり不利な結果となってしまうことは否めないでしょう。
2 調停委員や裁判官の考えを読み取る力の差
⑴ 調停委員や裁判官の考えを読み取ることがなぜ重要か
調停や裁判において、調停委員や裁判官の心証を読み取ることは非常に重要です。
なぜなら、「交渉が決裂したらどのような判断となるのか」という点は、交渉におけるパワーバランスを決定づける要素だからです。
⑵ 一般の方が調停委員や裁判官の考えを読み取るのが難しい理由
しかし、残念ながら、調停委員や裁判官は、はっきりと心証を語ることはあまりありません。
話をまとめなければいけない調停では、どちらか一方に肩入れするような発言をしてしまうと、反対当事者から反発を招きます。そうなると、まとまる話もまとまりません。
また、判決を下さなければいけない裁判では、訴訟の途中の段階で軽々しく心証を開示してしまうと、判決で違う判断を下しにくくなってしまいます。
このように、はっきり語られない裁判官や調停委員の心証を、一般の方が読み取るのは非常に難しい、ということになります。
実際、調停委員や裁判官は、当事者に対して、「お気持ちはわかります」「おっしゃることはわかります」などと述べることがあります。しかし、これは、法的に正しい主張であると認めているわけではなく、言い分を一切聞かないと当事者の感情を害してしまい、調停や和解がまとまらないからです。
弁護士がついていない場合、調停委員や裁判官のそのような発言から、客観的には不利な状況であるにもかかわらず「こちらの思いを汲んでくれている」と感じ、現状が不利な状況であることさえ気づかない、ということになりかねません。
これが、交渉上不利であることは明らかです。
⑶ 弁護士が調停委員や裁判官の考えをある程度読める理由
他方、相手方の弁護士は、調停委員や裁判官の心証をある程度正確に探ることができます。
裁判例等を踏まえれば、この問題はこのような結論になる可能性が高いという知識だけでなく、「この証拠の提出をこちらに求めるということは、こういう心証を持っている可能性が高い」といったように、数多くの訴訟手続等の経験から、裁判官の考えをある程度読み取ることができます。
こういった裁判官の心証などについて正確な見通しを持っている側と持っていない側とでは、交渉力に決定的な差が出てしまいます。
3 精神的・時間的負担
もう一つの大きな問題が、精神的な負担です。
⑴ 協議における精神的負担
離婚協議では、書面や電話で、直接相手方の弁護士とやりとりする必要があります。
しかし、法律の専門家である弁護士と電話などで直接交渉をするのは、自分のほうが知識経験が劣っているという思いを抱えながら交渉をしなければならないため、大変なストレスとなります。相手の弁護士から強く出られると、怖くなってしまう方もいると思います。
⑵ 調停や訴訟における精神的負担
離婚調停や離婚訴訟については、別の観点からの精神的な負担が大きくなります。
相手方の弁護士が日常的に調停や訴訟を取り扱っているのに対して、一般に、離婚調停や離婚訴訟を何度も経験している方はほとんどいません。
そのため、手続についても手探りでやらなければなりません。民事訴訟法・人事訴訟法・家事事件手続法のルールに違反するような主張の方法を取ってしまい、裁判官から訂正や否定的な指摘を受けることも少なくないでしょう。これは、一般の方にとってはかなりのストレスと時間と労力を伴います。
⑶ 自力で調べて手続を進めることの精神的・時間的負担
インターネット等に掲載されている情報をもとに自分でやってみる方もいます。しかし、それらの情報は自分には当てはまらないことも多いですし、実際には経験がものを言う場面も多いです。その結果、合理的とは言えない選択をしてしまっているにもかかわらず、そのことに気づかない事態があり得ますし、自分自身、そうなってしまっているのではないかという不安を抱えて手続を進めなければいけません。
また、インターネットでの情報収集と理解・応用には多大な時間と労力を費やす必要があり、仕事をしていたり子供がいたりする方にはどうしても限界があります。
さらに、仮に知識を得ることができたとしても、経験がなければ即時に対処できないこともあります。にわか仕立てでいくら勉強したとしても、知識経験で弁護士を上回るということはあり得ません。
こうなると、自分はうまく交渉できていないのではないか、不利になっているのではないか、という不安やプレッシャーに押しつぶされてしまい、精神的に勝手に消耗してしまうことになります。さらに、解決できたとしても、本当にあれてよかったんだろうか、もっと良い方法があったのではないか、など、後になって後悔することにもなりかねません。
やはり、相手が弁護士を立てたのであれば、こちらも速やかに弁護士を立て、対等な立場での交渉を行うべきだといえるでしょう。
いかがだったでしょうか。
相手に弁護士がついた場合、こちらも弁護士を立てなければ、上で述べたような様々な問題が出てきます。相手に弁護士がついた場合には、早めにこちらも弁護士に依頼することをお勧めいたします。
(執筆者:弁護士田保雄三)